皆さんは将棋の歴史や起源などをご存知でしょうか。

将棋は古くから親しまれており、日本を代表するボードゲームというイメージがあります。しかし、将棋は日本発祥ではなく、海外が起源だとされており、いつ伝わってきたのでしょうか。

そこで今回は、将棋の歴史や起源、いつから日本に伝わってきたのかについて紹介します。

将棋の歴史や起源は?

将棋は体を動かさないものの、何十手、何百手先を読む必要があることから棋士はとんでもないほど頭を使うとされ、中にはケーキを丸かじりする人もいるそうです。

2025年11月現在、棋士と言えば、藤井聡太さんの名前が挙げられることが多いですが、将棋の歴史や起源はどうなっているのでしょうか。

それでは、将棋の歴史や起源について詳しくみていきましょう。

古代インドが起源!?

将棋は日本を代表する伝統的なボードゲームですが、その起源ははるか古代インドにまで遡ると考えられています。将棋の源流とされるゲームは「チャトランガ(Chaturanga)」と呼ばれ、紀元前から紀元後の初期にかけてインドで遊ばれていました。チャトランガは、戦争を模した四人制のゲームだったと言われていますが、二人制へと変化し、駒の数や動き方が洗練されていきました。

後にペルシアに伝わって「シャトランジ」と呼ばれるゲームになり、さらにイスラム世界や中世ヨーロッパ、中国へと広がっていきました。

他にも影響を与えている

将棋の起源とされている古代インドのチャトランガは世界各地に広がっていき、様々なボードゲームにも影響を与えていたとされています。

そのため、チャトランガは地域ごとに独自の進化を遂げ、ヨーロッパでは後にチェスとなり、中国では象棋(シャンチー)として発展するなど、同じルーツを持ちながら違った方向へ進化していきました。そして、そういった過程の中で将棋は生まれたとも考えられているようですね。

平安時代の駒

2025年11月現在では、1993年に奈良県興福寺の境内から発見された駒が日本最古とされており、全部で16個あります。そして、駒と共に天喜6年(1058年)と書かれた木片も発見されました。当時の将棋の駒は木片を切って作り、その上に文字を書いただけという簡易的なものだったようです。

ただ、この時から既に現在と同じように五角形となっており、藤原明衡の著書『新猿楽記』は日本最古の将棋資料とされており、その中の記述とも同時期であるとされています。

平安将棋

1210年~1221年に編纂されたとされている習俗辞典『二中歴』に大小2種類の将棋が記載されており、平安将棋と呼ばれています。そのため、平安小将棋と平安大将棋とも呼ばれているようです。

平安小将棋で使われていたのが玉将、金将、銀将、桂馬、香車、歩兵の6種類で、平安大将棋ではそれらに加えて銅将、鉄将、横行、猛虎、飛龍、奔車、注人といった駒がありました。

ルールの変遷

平安から時代が進むに連れて将棋のルールなどにも大きな変化が訪れるようになりました。

13世紀頃には平安大将棋のコマ数を増やした大将棋や飛車、角行、醉象を平安将棋に組み込んだ小将棋などが考案されていたようです。

そして、15世紀頃になると、大将棋はルールが複雑になりすぎたという意見があり、簡略したものとして中将棋が考案され、現在に至るとされています。

そして、室町時代に小将棋から醉象が取り除かれ、現代の本将棋になったと考えられているようですね。

幕府公認の遊戯に

様々な変遷を経て徐々に現代の本将棋に近づいてきた訳ですが、江戸時代に入ると将棋は武家社会の中で教養の一つとして位置づけられ、幕府の庇護を受けるようになりました。

そして、数ある武家の中でも将棋に力を入れて家元となったのが大橋家、大橋分家、伊藤家の3つで、この頃から最強の称号として名人が使われるようになっていたそうです。

また、1630年頃には将軍の前で対局する御城将棋が行なわれるようになり、後に11月17日が将棋の日となりました。

連盟の誕生

上記でも説明したように、将棋は家元制が導入されていましたが、徐々に衰退していきました。

しかし、アマチュア将棋の人気は明治に入っても継続しており、日本各地で将棋界が行なわれていたそうです。専業プロで生計を立てるのは厳しい時代であったようですが、新聞に実践の棋譜が掲載されるようになったことで1909年に将棋同盟社が結成され、1924年には日本将棋連盟の前身となる東京将棋連盟が創立されました。

そして、戦後になると、プロ棋士制度が確立され、テレビの普及により将棋は一般家庭にも広く浸透していきました。

将棋はいつ日本に伝わったのか?

2025年11月現在でも、日本にいつ将棋が伝わったのかということは明確にはなっておらず、諸説あるとされています。

では、どのような説があるのでしょうか。

将棋が日本に伝わったとされる説について詳しくみていきましょう。

6~7世紀or10世紀~11世紀

将棋が伝わったのは、木村義徳さんによる6~7世紀という説がある一方で、増川宏一さんの10~11世紀という考えもあり、激しく対立してきました。

2010年代以降は増川宏一さんの10~11世紀に伝わってきたという説が有力視されており、木村義徳さんの仮説には証拠となるような出土品や文献資料がないため否定的な意見が出ているようです。

また、一部では周の武帝が将棋を作ったといった説もあるようですが、将棋の権威を高めるための創作であると言われています。

ルートは?

将棋が伝わってきたルートに関しても、木村義徳さんと増川宏一さんによる2つの説があるとされています。

木村義徳さんなどは中国ルートを提唱しており、増川宏一さんなどは東南アジアから伝来してきたのではないかと考えているようです。

中国ルートが提唱されているのは、日宋貿易などを通じてシャンチーが伝来してきたと考えているようで、東南アジアルートは成り駒というルールがタイのマークルックに似ていることが根拠となっているとされています。

現時点では、中国ルートが有力ではないかとされているようです。

まとめ

今回は将棋の歴史や起源、いつから日本に伝わってきたのかについて紹介しました。

将棋が日本が起源ではないということには驚きですが、チェスとルールが似ていることを踏まえると納得ですね。本将棋の原型となっている大将棋などは駒の数が多く、盤も今の物よりも大きいのでかなり迫力があったとされています。大将棋などはアプリなどでプレイできるようなので、気になる人は試してみましょう。

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周平
こんにちは!「将棋&囲碁ライフ」を運営している周平です。 将棋と囲碁に興味を持ったのはほんの数年前からでした。あるアニメがきっかけで将棋に興味を持ち、そこから囲碁にも派生して、すっかり将棋と囲碁の世界にハマってしまいました。 私が学んできた将棋&囲碁の知識や魅力を、少しでも皆さんに発信できたら嬉しく思います。