【囲碁棋士】小川誠子の功績とプロフィール!夫(山本圭)や娘についても

囲碁界の第一線で活躍し、多くのファンを魅了したプロ棋士の小川誠子さん。盤上での輝かしい実績はもちろん、プライベートではどのようなご家族と歩んでこられたのか気になる方も多いのではないでしょうか。
本記事では、小川誠子さんの詳しいプロフィールや生い立ちをはじめ、俳優の夫・山本圭さんとの夫婦生活、そして小川誠子の娘である慧美(えみ)さんの現在についてお届けします。気になる素顔やエピソードを紐解いていきましょう。
小川誠子の娘は2017年に結婚している
小川誠子さんと山本圭さんの間には、ご結婚9年目の1986年頃に長女の慧美(えみ)さんが誕生しました。小川さんご本人も、35歳で愛娘を出産した体験をインタビューで振り返っています。
小川誠子さんの娘である慧美さんは2017年にご結婚されました。お名前については、2022年に山本さんが他界された際の訃報記事で喪主として報じられています。また、テレビ朝日の番組内でも、同年に結婚された事実が紹介されました。
参考サイト:産経ニュース
一方で、慧美さんの詳しい職業や勤務先、お相手に関するプロフィールは公表されておらず、現在の生活についての続報は明かされていません。
小川誠子の夫は俳優の山本圭
小川誠子さんのご夫君は、ドラマ『若者たち』や『ひとつ屋根の下』などで知られる俳優の山本圭さんです。お二人は、小川さんの兄弟子に誘われて訪れた俳優座の囲碁部で出会い、1977年にご結婚されました。
山本さんは生前、妻がプロ棋士として自身の仕事を持っていたからこそ、長く仲良く暮らせたと明かされています。長女の誕生後は家族のために自ら料理を始めるなど愛情深い一面を見せ、小川さんが亡くなる2019年まで約42年間連れ添いました。
その後、山本さんも2022年3月31日に肺炎のため81歳でこの世を去られています。
プロフィールと棋士になるまで
小川誠子さんは福井県福井市で生まれ、6歳のときに父親から手ほどきを受けて囲碁を始めました。小学生の段階で早くも日本棋院中部総本部へ通うようになります。
14歳で全日本女流アマチュア囲碁選手権大会を制覇し、「おかっぱ本因坊」の愛称で親しまれた華やかな経歴の持ち主です。
ここからは、名門・木谷實九段の門下へ弟子入りした話から、1970年のプロ入り、その後の昇段の歩みまでを紐解いていきましょう。
6歳で囲碁を始め14歳で女流アマ選手権を制した
小川誠子さんは6歳の頃、囲碁を愛する父親から基本を教わりました。朝の登校前や帰宅後の時間を使って碁盤に向かい、週末は碁会所で大人たちと対局を重ねるなど、幼少期から囲碁に没頭する毎日を送ります。
8歳で難解な詰碁を解いて「天才少女」と話題になると、1965年には14歳で全日本女流アマチュア囲碁選手権大会を制しました。愛らしい髪型から「おかっぱ本因坊」と呼ばれて注目を集めます。
この大会の決勝戦で敗れた相手が涙を流す姿を目にし、勝負の世界の厳しさを痛感したことで、プロ棋士の道を本気で志すようになりました。
木谷實門下で修業し1970年に入段
女流アマ選手権を制した翌1966年、小川誠子さんは多くの名棋士を育てた木谷實九段に入門しました。大竹英雄さんや石田芳夫さん、武宮正樹さんといった後のトップ棋士たちが揃う木谷道場で厳しく腕を磨きます。
努力が実を結び、1970年に18歳でプロ入り(初段)を果たすと、1971年に二段、1974年に三段、1975年には四段へ昇段しました。
出典:囲碁・将棋チャンネル
その後も1992年に五段、1995年には六段へ昇進し、2019年11月15日に68歳で急逝された後には七段が追贈されています。また、弟子として櫻本絢子初段を育てるなど、後進の指導にも心を砕きました。
主な功績
小川誠子さんは、女流3棋戦で通算4期のタイトルを獲得したほか、2008年には女流棋士として史上2人目となる公式戦通算500勝の大記録を達成しました。ご家庭でお子様を育てながら育児と対局を両立させ、NHK杯の進行役や入門書の執筆、日本棋院の運営にも長年尽力してきました。
ここからは、タイトル獲得の歴史や500勝達成までの道のり、多方面での活躍を順番にご紹介していきます。
女流3棋戦で合計4期を獲得
小川誠子さんは1979年、第25期女流選手権の決勝で小林千寿さんを破り初タイトルを手に入れました。翌1980年も防衛戦を制して2連覇を達成しています。
1986年には楠光子さんを下して女流本因坊を獲得し、続く1987年には女流鶴聖戦も制して女流3棋戦で合計4期の実績を記録しました。
さらに1994年には、男女無差別で争う第20期天元戦において見事に本戦進出を果たし、一線級の実力を存分に証明しています。
女流棋士史上2人目の通算500勝を達成
小川誠子さんは2008年6月5日に行われた第34期棋聖戦予選Cで三谷哲也五段に勝利し、通算500勝511敗9持碁を記録しました。これは女流棋士として史上2人目となる快挙です。
参考サイト:日本棋院 公式サイト
出産や育児、多忙な仕事を両立させて努力を重ね、1970年のプロ入りから38年目にして偉大な金字塔へ到達しました。
優れた実績を残した棋士に贈られる棋道賞女流賞は、計5回にわたり受賞しています。長年にわたってトップレベルの実力を維持していた証と言えるでしょう。
メディアでも広く囲碁を伝えた
小川誠子さんは1984年から10年間、NHK杯テレビ囲碁トーナメントで司会や聞き手を務め、1988年にはテレビ囲碁番組制作者会賞を受賞されています。
『石の形を美しく』をはじめとする解説本も多数執筆し、40代以降は子どもやシニア世代に向けた囲碁指導にも情熱を注ぎました。
さらに棋士会会長や日本棋院理事を務め、組織の発展にも貢献しました。メディア出演や普及活動、組織運営などあらゆる側面から囲碁界を支え続けたのです。
まとめ
小川誠子さんは女流3棋戦で合計4期のタイトルを獲得し、2008年には女流棋士史上2人目となる通算500勝を達成した名棋士です。NHK杯の聞き手や著書出版、日本棋院理事などを通じ、囲碁の普及に多大な貢献を果たしました。
ご家庭では俳優の山本圭さんと1977年に結婚され、約42年間にわたり温かい生活を送られています。小川誠子の娘である慧美(えみ)さんは1986年頃に誕生し、2017年に結婚されました。
6歳で囲碁と出会い、14歳で女流アマ選手権を制してプロ入りを果たした小川誠子さん。盤上にとどまらず多方面で魅力を伝え続けた彼女の歩んだ軌跡は、今も多くのファンに愛されています。













